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狩猟者と けもの道を探してみた。

牧浩之さんインタビュー / 狩猟者・毛鉤職人 高原町在住

狩猟者と
けもの道を探してみた。

牧浩之さんインタビュー / 狩猟者・毛鉤職人 高原町在住

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けもの道を見たことがあるだろうか?
霧島山周辺で狩猟を行う牧浩之さんと、けもの道を探しに御池付近を歩いてみた。

狩猟といえば、山深く入って、銃でけものを追うような猟を想像する。牧さんはワナ専門の狩猟を行う。そのためには、けものがどこを通るかを熟知し、けものに分からないようにしかけをセットしないといけない。牧さんが狙うのは高原町と霧島市を結ぶ、国道223号線の脇のポイントだ。国道223号線より山側は国立公園敷地で、里側へけものが出てくるところを捉えようと企んでいるのだ。国立公園内は鳥獣保護区であり猟ができないが里側では可能なこと、捕獲後重量のあるけものを運ぶのに手間がかからないことが、現実的な理由となっている。

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牧さんが林の中を指差し教えてくれる。「あそこ、見えますか、落ち葉が砕かれているところ、けもの道です」。道路下の斜面をななめに下る黒い筋が草むらの上に続いている。何気なく見ているとほとんど分からないような細い道だが、指摘されると確かに線が浮かび上がってくる。急勾配を避けるために、ななめに降りていったのだろう。幅は15センチほどで、単独のオスの道なのだという。大きいけもの道では幅80センチぐらいになり、メスの子連れや群などが通行者に該当するらしい。道脇に生えるミョウガの葉が切れ切れになっている。シカが食べた跡ということだ。シカはアオキやシダなど、なんでも食べてしまうらしい。このあたりの林床にはシダがあまり見られなくなってきているそうだ。シカが増えすぎたことによる、生態系の撹乱や、畑への被害は、日本の山や里で問題となっている現象だ。シカは国立公園からやって来て、畑に芋を食べに来る。

けもの道はひとつだけでなく、無数の道がある。その中で、新しい足跡がある道には、2、3日以内に再度けものが通る可能性があるという。土が露出しているところで、牧さんはシカの足跡をみつける。「足がふたまたに割れているのがシカのものです」という。早速ワナの設置に入る。ワナは丸鉄を溶接して製造したもので、バネの力により、ワイヤーの輪がぎゅっと締まり、脚を縛るようになっている。牧さんは少し土を掘り、まず四角い木箱を埋め込んだ。蓋が付いており、踏むと外れて脚が落ちるようになっている。蓋の上にワイヤーをのせ、バネの丸鉄部分を横に伏せる。木箱は10センチ角ほどで思ったより小さい穴だ。脚一本分ピンポイントで狙うのだ。次に注意深く、あたりの土や落ち葉を載せ、カモフラージュする。この時のポイントはけもの道の筋を途絶えさせせないように、地面にラインを再生することだ。けものにそのまま歩いてきてもらうようにというわけで、芸が細かい。まったくけもの道と見分けがつかなくなった、牧さん自身、ワナが周囲に馴染みすぎてどこにあるか分からなくなる時があるという。

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ピンク色のビニールのタグをまわりの樹の枝に吊るしておけば、ここにワナがあるという、人間へのメッセージとなる。
牧さんは1回で15個のワナを仕掛けるのだという。毎朝確認に訪れ、かかっていないワナは5日間で回収する。週一匹ベースでケモノがかかるという。ワナにかかったケモノは、その場で頸動脈をナイフで付き、失血死させる。「あまり痛みを感じていないのか、暴れずにすっと落ちていきます」と牧さんは話す。心臓にはまだ血が残っているので、逆さまにして血を抜く。こうすると血管が真っ白になり、くさみがまったくなく、塩胡椒だけでも食べられる肉が取れる。血を抜いてから30分以内に内蔵を取らなければならない。内蔵はまだなまあたたかいので、まわりの肉が肉焼けを起こしてしまうのだ。

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獲った肉はシカは時雨煮にしている。毛皮についてはとても柔らかいので、毛鉤にしている。牧さんの本業は毛鉤職人だ。御池で、繁殖期のシカの毛が落ちていて、毛鉤によさそうと思ったのがきっかけだという。試しに、なめして毛皮をつくり、毛鉤をつくってみると、ヤマメ、ニジマス、イワナなどの渓流魚がとてもよく釣れた。海外のシカの毛は硬いのだが、日本や特に九州のシカの毛は細くてしなやかで、毛針にフィットするのだという。牧さんがつくる毛鉤は人気を呼び、素材としてのなめし革もよく売れるようになった。

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牧さんは東京出身で、平成23年に奥さんの実家のある高原町に移住してきた。東京にいるときは3時間かけて山梨県や長野県に渓流釣りに出かけていたが、高原では家から5分で釣りにいけるという。このあたりは、ヒレもきれいなヤマメや、6 0センチほどある大きなニジマスが釣れるのが魅力とのこと。
自宅の裏の納屋で、さばいている途中のシカを見せていただいた。吊り下げられた胴体は肋骨と削がれた肉だけになっており、耳がついた頭は毛もふさふさのままに特に手を付けられずにそのまま残っている。なめし皮が台に張られている。
「子鹿とかがかかると、どうしたものかなと思いますよ。瞳を見ていると殺せなくなってくる。イノシシは肉という感じで、何も考えずに刺せるんですが」と牧さんは話す。イノシシは獰猛で、「頭の毛が鶏冠のように硬くなって、暴れて襲い掛かってくるんです」という。

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猟を始めたのは、高原に移住してからで、地元の狩猟の師匠にワナからさばき方まで教わった。東京にいる頃はまさか自分が猟を行うようになるとは思ったこともなかったという。師匠は、牧さんが猟の免許を取った日に亡くなった。それから形見にもらったワナを持って試行錯誤でしかけを試みて、やっと一人で猟ができるようになった。去年はシカを17匹、今年に入ってからはイノシシを2匹獲った。牧さんは「シカを刺してみると、ああ、食べるってこういうことだったんだな、と分かった」と話す。獲ったケモノは肉だけでなく、皮も含めて余すことなく利用しようとしている。けもの道を辿りながら、森の中でキクラゲを見つけて採ることも楽しいという牧さん。釣も猟も、生き物のありのままのありかたを見つめて、しかけていくことでは同じだ。高原町には30名ほどの狩猟者がいるという。禁猟区である国立公園の外側で、保護とはまた別の、生き物との関わり方を持つ人びとが存在することは、生態系の豊かさを維持していく上で、大事な役割を果たしているのかもしれない。それはまた、人が山の恵みを受け止めることの実体験を経験する場にもなっていると思う。

しがない毛鉤職人の日常
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text by 滝澤恭平

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